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岐阜地方裁判所 昭和43年(レ)10号 判決

控訴人 水野明

右訴訟代理人弁護士 小栗孝夫

被控訴人 平野貫一

右訴訟代理士弁護士 原瓊城

主文

1  原判決中、被控訴人に関する部分を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、岐阜県土岐市下石町烏帽子形一五一八番山林二二四平方メートルについて、昭和二三年八月九日加藤謹一時効取得、昭和二六年三月一日売買を原因とする持分三分の一の所有権移転登記手続をせよ。

3  訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。

理由

第一控訴人の求める裁判

主文と同旨の判決。

第二被控訴人の求める裁判

「本件控訴を棄却する。控訴費用は、控訴人の負担とする。」との判決。

第三請求の原因

一、控訴人は、岐阜県土岐市下石町烏帽子形一五一八番山林二二四平方メートル(以下単に本件山林という。)について、加藤富九郎の共有持分三分の一(以下単に本件持分という。)を、次の1乃至4の原因のいずれかにより取得した。

1(1)  本件山林は、大正九年ころ、加藤富九郎、林品九郎、水野継三郎の三名が共同で買受け、各自持分三分の一づつの所有権を取得した。

(2)  加藤富九郎は、昭和二年ころ、本件持分を、次男の加藤謹一に贈与した。

(3)  加藤謹一は、昭和二六年三月一日、本件持分を、控訴人に対し、代金四万円で売渡した。

2(1)  加藤謹一は、加藤富九郎死亡の昭和三年八月九日以降、昭和二六年三月一日まで、本件山林の本件持分を占有し、占有の始め無過失であったので、昭和一三年八月九日には、本件持分を、時効により取得した。

(2)  仮りに、無過失と認められないとしても、昭和二三年八月九日には、本件持分を、時効により取得した。

(3)  1(3)に同じ。

3  控訴人は、昭和二六年三月一日以降、現在まで、本件山林の本件持分を占有し、しかも占有の始めにおいて無過失であったから、昭和三六年三月一日には、本件持分を時効により取得した。

4  加藤謹一は、前記の如く、昭和三年八月九日以降、或いは本件山林を控訴人に賃貸した昭和二〇年九月以降、昭和二六年三月一日まで、そして控訴人は、同日以降、現在まで、両名併せて二〇年を超えて、本件山林の本件持分を占有したので、控訴人は本件持分を時効により取得した。

なお、時効期間の起算点は、援用者において任意に選択することができるものと考える。

二、被控訴人は、現在、本件持分について、昭和四一年一〇月一日売買を原因として同月四日受附で所有権移転登記を経由し、その登記名義を有する。

三、よって、被控訴人は、控訴人に対し、本件持分について、現在の実質的権利関係に符合するよう、持分の所有権移転登記手続をなす義務がある。

第四請求原因事実に対する被控訴人の答弁

控訴人の請求原因事実中、一1(1)および二は認めるが、その余は否認する。

第五抗弁

一、(請求の原因一2(1)(2)、3、4に対し)加藤謹一および控訴人が、本件持分を、控訴人主張のごとく、占有したとしても、両名とも、所有の意思がなく、強暴・隠秘の占有であり、かつ、占有の始め、悪意であったもので、取得時効は完成しない。

二、(請求の原因全体に対し)被控訴人は、本件持分を、次の経緯で取得した。

1  加藤富九郎は、昭和三年八月九日死亡し、その長男加藤東作が家督相続をした。

2  右加藤東作は、昭和一五年九月七日死亡し、その長男加藤富士雄が家督相続をした。

3  右加藤富士雄は、昭和一七年四月二五日死亡し、その長女原審被告大島美子が家督相続をした。

4  右大島美子は、昭和四一年一〇月一日、本件持分を、被控訴人に売渡した。右大島美子は、同月四日、右持分について、家督相続登記をなしたうえ、被控訴人に対し、所有権の移転登記手続をなした

控訴人が、仮りに本件持分を取得したとしても、その登記がない以上、これを以って、被控訴人に対抗し得ないものと考える。

第六抗弁事実に対する控訴人の答弁

被控訴人の抗弁事実中、二の1乃至4は認めるが、その余は否認する。

時効による所有権の取得は、登記がなくても、裁判上これを主張するときの登記名義人に対抗し得るものと考える。

第七証拠≪省略≫

一、本件山林が大正九年ごろ、加藤富九郎、林品九郎、水野継三郎の三名で買受け、各自持分三分の一づつの共有地となしたこと、右加藤富九郎が、昭和三年八月九日死亡し、その長男である加藤東作が家督相続をしたこと、右加藤東作が昭和一五年九月七日、死亡し、その長男である加藤富士雄が家督相続をしたこと、右加藤富士雄が昭和一七年四月二五日、死亡し、その長女である大島美子が家督相続をしたこと、右大島美子が、昭和四一年一〇月一日、本件持分を被控訴人に売渡したこと、右大島美子が同年一〇月四日、右持分について、家督相続登記をなしたうえ、被控訴人に対し、所有権の移転登記手続をなし、現在、被控訴人が登記名義人であることは、いずれも当事者間に争いがない。

二、控訴人の本件持分の承継取得に関する主張(請求の原因一1)は、控訴人が、被控訴人の承継取得および登記の具備に関する主張(抗弁二)を争わないので、証拠判断を要せず、理由がない。よって、その他の取得原因について判断する。

≪証拠省略≫を総合すると、加藤富九郎の長男である加藤東作は病弱で、かつ、よそに出ていたため、右加藤富九郎の家業である製陶業を継がず、次男である加藤謹一がこれを継いだこと、昭和初年ころより、加藤謹一を筆頭として、加藤安平、安藤新一、加藤鈴吉、控訴人の五名が、本件山林等を前記所有者より賃借し、登り窯を築き、製陶業を営んだこと、世人はこれを「連中窯」、或いは「謹一窯」と呼んだこと、昭和三年八月九日、加藤富九郎が死亡したこと(この事実は、当事者間に争いがない)、毎年大晦日に右五名が加藤謹一宅に寄り、「年貢」名下に地代を集め、これを加藤謹一を通じ、林品九郎および水野継三郎の持分の譲受人である林理市の両名に納めたこと、加藤富九郎持分に相当する地代は、加藤謹一自身が受取っていたこと、右連中窯は昭和一八年ころ、太平洋戦争下、企業整備により解散するまで存続したこと、終戦前後より、控訴人が本件山林を、加藤謹一、林理市、および林品九郎持分の承継人である林義男(その後、その譲受人である青木善吉)の三名より賃借し、新たに登り窯を築き、単独で製陶業を始めたこと、昭和二六年二月ころ、控訴人がその息子の水野弘名義で青木善吉より林品九郎持分を譲受け、次いで、同年三月一日に、林邦夫の仲介で、加藤謹一より、本件持分を代金四万円で買受けたこと、右買受に際し、控訴人は本件持分は、加藤富九郎の家業を加藤謹一が継いだので、同人が正当に所有するものと信じており、この点につき咎むべき事情の存しないこと、控訴人は、昭和三二年六月ころに、自己の所有する別の土地に炭窯を作ったのを機会に、前記登り窯の使用を廃止したこと、その後、現在に至るまで、控訴人が本件山林の一部に野菜を栽培していること、加藤富九郎の数次家督相続人は、昭和四一年九月に、内山志づ、大島美子、水野弘の三者間に、共有物分割請求事件が申し立てられ(被控訴人が大島美子の代理人となった)、同年一〇月四日に、本件持分に関し、大島美子の家督相続登記および被控訴人への所有権移転登記手続がなされるまで、何ら、加藤謹一および控訴人の本件山林占有に異議をなさなかったことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

控訴人主張の、加藤謹一の本件山林の占有の始め、無過失であったとの点、および被控訴人主張の、加藤謹一および控訴人の本件山林の占有が、その始め、悪意でなされたこと、所有の意思がなかったこと、強暴・隠秘であったこと、については、≪証拠省略≫中、加藤富九郎の長男加藤東作が加藤安平に対し、「あの土地は俺のものやから、年貢を貰いたいと、謹一に言ってくれ。」と言っていたとの部分を以ってしてもこれを認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、加藤謹一は、昭和三年八月九日以降、本件山林の本件持分を占有した結果、昭和二三年八月九日にこれを時効取得し、控訴人が昭和二六年三月一日、これを買受けて所有者となったこと、(或いは、控訴人は、同日以降、一〇年間、その始め無過失で占有した結果、昭和三六年三月一日に、これを時効取得したこと)が明らかである。

三、次に、時効による不動産所有権の取得が、対抗問題であるか否かにつき考える。

1  本来、取得時効制度は、長期間にわたる占有の継続を法的権利として保護すると共に、古い事実についての立証の困難を救済する目的で存在するものである。そうとすれば、占有の継続が長ければ長い程、保護されるべきであるし、また、取得時効の起算点・完成時点(善意の時効取得者は、通常、これらを認識していないものと思われる)および、真正の権利者の何人たるかを探索することは無用のことであるといわなければならない。従って、旧所有者から不動産を譲り受けた者がある場合に譲り受けの時期が取得時効完成の前である場合と、以後である場合とを区別し、前者の場合には時効取得者は譲受人に対し登記なくして所有権の取得を主張でき、後者の場合には登記なくして所有権の取得を主張できないとする従来の理論は、(1)取得時効の起算点・完成時点を探索している点、(2)時効完成と同時に、登記を要求することによって占有の効力を弱めている点、(3)占有の始め善意であったことを主張すると、第三者として登記なくしては所有権の取得を主張できないが、悪意であったことを主張すると、登記なくしてこれを主張できる場合が考えられる点、(4)取得時効完成前ならば「当事者」たるべき者が、取得時効完成以後であれば「第三者」となり、更に占有を時効取得に必要な期間、継続すると、右第三者が再び当事者に転化するという理論的に無理な点で、いずれも疑問がある。

2  不動産のすべての物権変動が登記されることは、登記法上の理想ではあるが、民法は不動産物権変動のすべてを対抗問題としているのではない。すなわち、登記に公信力を与え、登記簿取得時効制度を採用するなど、すべての不動産の物権変動につき登記を規準としている外国の法制と異なり、我が国においては、意思表示による不動産の物権変動についてのみ対抗要件を要求しているのであり、このことは民法一七六条と一七七条の位置関係からしても明らかである。右両条が別異の関係を規定するものであるとの従来の解釈は、生前相続制度が廃止された今日、その理論的基盤を失ったものというべきである。

3  これを要するに、旧権利者およびその一般承継人は、不動産上の物権を、或る者によって時効取得された場合、その時効期間の起算日に遡って絶対的無権利者となるのであり、これらの者から右物権を譲受け、その移転登記手続を了しても、これは登記原因を欠く、無効の登記という外はない。不動産上の物権の時効による取得者と、旧権利者からの譲受人との間には、何ら対抗問題を論ずべき余地はない。

して見れば、本件持分は、昭和二三年八月九日を以って、加藤謹一が時効取得し、控訴人は同人より、昭和二六年三月一日、買受けたものであって、これを現在の登記名義人である被控訴人に対し、何ら登記を要せず、主張し得るものである。

四、右の次第であって、被控訴人は控訴人に対し、本件持分について現在の実質的権利関係に符合させるべく所有権移転登記手続をなすべき義務があるから、被控訴人に対し、これを求める本訴請求は正当であって、これを棄却した原判決は取消を免れない。

よって、民事訴訟法三八六条、九六条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丸山武夫 裁判官 川端浩 太田幸夫)

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